ラベル チーム桂岡 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル チーム桂岡 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年6月24日火曜日

桂岡の家 2025.06.24

桂岡の家はバラ屋敷。本当に美しく咲いていてびっくりでした。こんな街並みのある風景っていいなあと思います。

 

玄関先のつるバラ。ピンクが本当にきれいでした。

味わいを増した外壁の杉板と実によく合うバラたち

全体を映しても、ぐっと寄っても美しいのがバラの花。住まいって庭が充実するととっても豊かな感じがします。

普段から忙しい住まい手のことを思って・・少しでも手間のかからない外構を考えることが多いのですが・・住まい手が外構好きの場合はぜんぜん話が違ってきます。その効果たるや絶大。設計者にとってこんなに美しく住みこなしてくれて嬉しいことこの上なしです。

コスパとタイパが重視される今だからこそ、こうした庭はハッとさせられるのだと思います。どんなに手間のかからない外構や庭を作っても、普段から住まい手の手が入った庭にはかなわないと思います。AI時代だからこそアナログの凄さが際立つのかなと・・

それにしても美しく豊かな庭でした。

今日はHSCCでボビーなんていかが


2025年5月4日日曜日

桂岡の家 2025.05.02

 

桂岡に春が来ました。今日は「桂岡の家2019」に伺ってきました。ちょうど住まい手さん総出で庭づくり。春の風物詩です。

想えば1970年の大阪万博の年に建てられた祖父の家を住まい手であるお孫さんが受け継いだものの・・寒くて、冬には莫大な光熱費が掛かり難儀していたところにご相談を頂き・・丸三ホクシン建設さんと共に性能向上改修したのでした。

「桂岡の家2019」の外構のコンセプトはバラ屋敷・・咲き誇る6月が今から楽しみです。


もともと高木が茂っていた庭は木が伐採されバラの庭に


手前に見えるのはアジサイの苗

外壁も本当に良い色になりました。

Unicorn・・かっこいいです



2019年8月8日木曜日

桂岡の家が新建ハウジングプラスワンの表紙に

 
「桂岡の家」をこの度、新建ハウジングプラスワンの表紙にしていただきました。

全国の工務店さんが読む雑誌にもかかわらず、16ページにも及ぶ特集を組んでいただきました。

この場をお借りしてご取材いただいた大菅さま、丸三ホクシン建設さん、首藤社長、Z所長、S棟梁、K棟梁、そして私たちに貴重な挑戦の機会を与えていただいた住まい手さんに、心より感謝する次第です。

また、特集の中には2015年に丸稲武田建設さんと取り組んだ大規模な減築&性能向上リフォーム「山の手の家」も収録。

「山の手の家」 http://ako-re.blogspot.com/2016/06/blog-post.html

双方の現場で実際に用いた詳細図も掲載し読み応えたっぷりです。

今日はユーミンなんていかが
https://www.youtube.com/watch?v=uyhLr4DaXcQ

2019年7月17日水曜日

桂岡の家 お引渡し


7/15(木)は「桂岡の家」のお引渡しでした。丸三ホクシン建設の首藤社長、Z所長、私と住まい手さんご夫妻の5人でテーブルを囲み、お引渡し書類の確認、取り扱い説明、残工事の確認、設計図書の納品等々を行いました。
 
想えば奥様からメールをいただき最初に桂岡の家に伺ったのが2018年の4月22日。まだ寒さの残る明るい曇りの日でした。お宅の第一印象はペチカのある大きくて立派な家です。
 
きっと当時、街から設計者を頼んで図面を引いたであろう内装や、住まい手がそれほどこの家での暮らしを愛していた様子が伺えました。特にペチカは家の中心に構造の一部として据えられ、それを囲むように田の字の間取りが作られています。それまでの日本の家と異なり冬になると納戸からストーブや火鉢を引っ張り出して来て置くのではなく、最初から建築の一部として暖房設備が設えられた本物の北国の住まい。
 
上棟式は発見された棟札によれば1970年の8月3日とのことですから、50年前の大阪万博の年にこの家を考えた住まい手さんや設計者はいったいどんな人たちだったのだろう?と空想しました。
 
その一方で寒さにずっと悩まされて来たこと、夫婦で引き継いで暮らそうにも寒さと光熱費の不安を除く必要があること、色々と将来を考えて札幌の街中から小樽への転居を決めたこと、奥様にとっては、たとえ古くとも楽しい幼少時代を過ごした大好きな祖父の家であること等々・・・
 
いつものようにお話しをお聞きしている内になんだかやる気が湧いてきたのでした。
 

 
「寒い家を暖かくなおす」
言葉にすればたった1秒で終わりですが、これを実現するとなると建物の根幹から手を入れねばなりません。
 
かつての北海道では部分断熱リフォームが大流行しました。飛び込みで営業する業者も多く、当時の寒い家の多くが、玄関には後付けの風除室を取り付け、予算に余裕のある人は居間の掃き出し窓の外にサンルームを増設し冬は暖か夏は居間空間が広がりますよ~なーんて怪しげな口コミもよく聞いたものです。
 
その後も効果の薄いこうした後付けの部分断熱リフォームはエスカレートし続け、内窓を断熱性の高いプラストサッシに交換、結露防止のウレタンを裏打ちしたサイディングを断熱サイディング?と称して風除室とセットで販売、設備業者が絡めばこれに水廻りとFF式石油ストーブが加わり、内装業者が加われば内装一式が付いて来るといった具合に・・・工務店と設計者が新築ばかりにかまけている間にりフォームといえば怪しげな印象が深まってしまったのでした。
 
今でこそ断熱は部分的に直すことが最も困難であることは地域の共有することとなりましたが残念ながら当時は誰も気付かなかったのです。
 
「桂岡の家」も風除室が後付けされ和室の障子はプラストサッシに交換されていました。実はこの部分断熱リフォームは原因を直さないことが前提のいわゆる対症療法ですから、いつまでやっても目覚ましい効果は上がりません。確かに工事費は少額かもしれませんがずっとお金が掛かり続ける構造が住まい手に長期に渡り負担を強いるのです。
 
話しを戻しますが、こうした対症療法を重ねてきた「桂岡の家」を直すには本来あるべき断熱構造を耐震補強と同時に新たに作り出す必要があったのです。自分に求められているのがもはや、痛みの緩和なんかではなく根本的な解決であることはその場の空気で伝わったからです。
 
 
 
こんな感じで、今までお世話になってきた丸三ホクシン建設さんを頼み、住まい手さんにも数々のご無理をお願いして計画は走り出したのでした。
 
写真は改修前の姿・・・ほんの一年前なのに凄く昔に感じます。
 
今日は工事写真を整理しながら当時を想い出しています。
ジョンレノン・・やっぱいいですよね~ https://www.youtube.com/watch?v=YkgkThdzX-8

2019年7月16日火曜日

桂岡の家 気密測定

7/12(金)は「桂岡の家」の気密測定を行いました。
 
恐らく完成直後から・・・約50年間に渡り、様々な断熱改修を重ねてきた「桂岡の家」。しかしその試みの多くが必ずしも住まい手に取って満足すべき結果をもたらさなかったことは、家の各部を解体し調査を重ねる中で充分感じることができました。
 
断熱材だけでも2回に渡る大きな改修の痕跡が見つかり、創建時の5cm厚のグラスウールに1回目の断熱改修ではアルミ箔付の5cmのグラスウールを増し張りし、2回目の断熱改修では床32坪分全て5cm厚のボード状断熱材(XPS)を追加する等・・・住まい手の寒さに対する苦労が偲ばれました。
 
開口部に至っては内窓の樹脂サッシへの交換や風除室の設置、居間の窓を樹脂製断熱サッシに交換する等・・・当時の寒い家がたどったお決まりの「部分断熱改修」の終わりなき道をあらためて再確認することができました。
 
当時も「窓は熱の逃げ道」とか「絶対的な断熱性の不足」等々・・・専門家の言うことは今とあまり変わりませんが、ほんの少しだけ変わったことがあります。それは50年間の間に積み重ねられた膨大な実践によって、「原因と結果」が概ね明らかになったこと。もう一つは「原理的には正しくとも実践の難しいものとそうでないもの」が少なくとも地元では広く知られるようになったことです。
 
想えば・・・50年も掛けて亀のような進歩だと笑われてしまいそうですが、そのささやかな知識に照らして見ると「桂岡の家」の苦労の原因が今では明快に分かります。
 
その原因とは主に二つ。
 
一つ目は断熱性の改善が部分的な断熱改修の積み重ねで解決すると思い込んでしまったこと。
 
二つ目は断熱性の向上にとっていかに気密性と防湿性が大切かを理解していなかったことです。
 
真剣に断熱性を向上させたいのなら、今年は玄関フード、来年は窓だけ、再来年は屋根の断熱を増やして、次は壁、最後に床・・・のような考え方自体がそもそも無理筋です。「桂岡の家」では窓の断熱性と気密性を上げることによって一旦は窓辺の寒さや結露が減りましたが、その代わりに今まで結露などしなかった和室の天井が結露し始めたり、窓からの漏気が減った分、壁内の通気量が増えてぜんぜん暖房費が減らないというジレンマに陥りました。
 
壁を解体した時に出てきた黒く汚れたグラスウールは暖房で暖められ多くの湿気を含んだ室内空気が大量に壁内を通過したときに生じる特有の現象です。防湿気密シートにより私たちの生活で発生せざるを得ない湿気から守られ、壁内を煙突のように吹き抜けていた空気を抑えることができていたら、今まで二回に渡り追加された断熱材でも結果はぜんぜん違っていたと思います。
 
そんな過去の苦い経験を踏まえ今回の断熱改修は1:床+壁+屋根+窓は一体的+総合的に考える。2:できるだけ気密性を確保する。この二つを断熱改修の基本としています。
 
 
 
上が結果ですが、最終的なC値は0.8cm2/㎡と充分なものになりました。北海道の一般的な断熱気密住宅の場合、新築でC値が1~0.6程度ですからほとんど変わりません。
 
気密性の向上は、涼しく静かな室内、1階と2階の窓で充分換気ができるようになる等、従来に比べて明らかに違いが体感できる水準です。
 
まだ今年の夏は暑くないですが、これからの様子、そして冬の違いをじっくりとお聞かせいただきたいと思っています。
 
最後にここまで性能を引き上げてくれたZ所長、S棟梁、K棟梁、そして私たちを信じて仕事をお任せいただいた住まい手さんに心より感謝申し上げます。
 
今日はビートルズなんていかが
 
 
 

2019年7月6日土曜日

桂岡の家 床断熱工事

 
 
 
7/2(火)から始まった「桂岡の家」の床断熱工事。通常の基礎の低い木造二階建てと違い内部は大人が入れる充分な広さがあります。
 
そこで床の断熱を大引き(床梁)ごと吹付ウレタンで包み断熱性を回復させるために必要な気密性も同時に取ってしまおうと考えました。
 
上の写真二枚はZ所長が撮ってくれたものですが・・・全身防護で32坪(畳64畳)分の上向き作業は体に堪えると思います。
 
断熱材屋さんに心より感謝です。
 
 
こんな風に冷えやすい玄関土間の裏側もバッチリウレタンによる断熱を行います。
 
 
「桂岡の家」の大引き(床梁)は軽量溝形鋼が使われています。そこでまず梁同士の隙間にグラスウールを詰め込み、グラスウールが落ちぬように蓋をしてからこんな風にウレタンで吹き固めてしまいます。
 
要は北国で一般的な鉄骨造の断熱&防露の方法を取り入れました。
 
新築よろしく、床を全て解体して気密シートやグラスウールを新たに入れる方法も考えましたが、室内には住まい手さんの荷物が残され、防犯上の事も心配ですから、当プロジェクトでは徹底的に建物の外側から治す方法を選択しています。

外壁は道南杉にウットロングエコをドブ漬けした材料を丸三ホクシン建設さんの土場で作り、K棟梁とS棟梁で貼っていただいています。

札幌圏なら地元言葉で青木(アオキ)と呼ばれる白木の松類、道北圏なら唐松、道南ならば杉材と様々な材料を外壁に貼ってきましたが、貼って見ていつも感じるのは周囲に多いサイディングの家々との圧倒的な迫力の差。一枚一枚の色味の差が生み出す表情の生物感。
 
昔の棟梁たちの誇らしげな気持ちを少しだけ分けてもらったように感じました。
 
さて・・・あともう少し、Z所長とS棟梁、K棟梁共々頑張りたいと思います。
 
それからこのブログをいつも見ていただき完成を楽しみにしていただく住まい手さんそしてご親族のみなさまに心より感謝申し上げます。
 
今日は最近はまっているKIRINJIの弓木ちゃん、確かにキラーかもしれません。
 
 
 





2019年6月29日土曜日

桂岡の家 外装&内装工事

現在「桂岡の家」は内装と外装二手に分かれて現場が進行中。写真は和室の窓廻りの納まり。

上階の結露水の後が刻まれた鴨居に新たな枠廻りを追加。さすがに築50年の内装となると当時は一般的でも今となっては入手困難な材料や仕事も多い。ここをしっかり押さえておかないと開口部を変えた部屋の内装を全てやり替えねばならなくなる。

予算もさることながらどこで内装と外装のけりを付けるのか、事前にしっかり決めておかないと工期もずるずると伸びるばかりとなる。写真は当時の外付けサッシの近似寸法で現在の半外付けサッシを組んだために生じた窓下の隙間を見事に納めたところ。
 
当時と同じ赤ラワンをクリア塗装すれば風合いは馴染んで分からなくできる。そんな玄人技を見せてくれたのはS棟梁のお父上。
 
やっぱこういう個別に細かい仕事は年長の棟梁の技が冴えます。うーん元からこんな風に作ってあったみたい。(笑)

うーんきれい・・・ケーシング風の昭和チックな納まりが泣かせます。

これこれ・・・柱に溝掘りして直接L型ケーシング風。昭和です!(笑)
 
ちなみに既存の四方枠の中に新たなラワンで枠を組みます。
 

北面から道南地方原産の杉材を貼っているところ。こちらはS棟梁(息子さん)が担当です。

裏側からどんどん貼り始めています。

緑に馴染む道南杉。形になって参りました(笑)
 
今日はマイルスでも聞きましょう!

2019年6月21日金曜日

桂岡の家 外壁断熱工事その4

 
外壁にグラスウールを充填し、グラスウール内に風が通り抜けぬようタイベックシートで覆った「桂岡の家」です。 

窓廻りは周囲4辺に先張りしておいたタイベックシートを窓下のみ外壁のタイベックシートの外側に引き出してテープ止めします。その他3辺は外壁のタイベックを室内側に折り曲げて、先張りと重ねてテープ止めします。
 
タイベックシートに対する基本的な扱い方(考え方)は下見板やこけら葺きのような「重ね合わせ」による防水の知恵から来ていますから、和大工なら一度コツを掴めば理解し易いと思います。

こんな風に壁のタイベックの上に屋根のタイベックを被せて、万が一タイベックの表面を水が流れても壁内のグラスウールを濡らさぬように考えておきます。

こんな風に納めるために屋根のタイベックを折り上げておきました。
 
今日はリバティーンズなんていかが

2019年6月10日月曜日

桂岡の家 外壁断熱工事その3

206による外壁の充填断熱下地がほぼ完成した「桂岡の家」の南面です。これからグラスウールを14cm充填しその上にタイベック(防風&透湿&防水)シートを貼ってから屋根面に織り上げてあったタイベックと連結します。

こちらは北側の断熱下地の様子。白色に塗られたモルタルの上から防湿ビニールを貼り、206による断熱下地を固定しました。
 
要は断熱下地でビニールごと既存のモルタルを挟み付けて固定し、工事後は筋交いとして既存のモルタル壁を再利用します。

こんな感じで縦横にモルタル外壁を固定します。

既存のモルタル外壁がビニールの向こう側に見えます。

こちらは南側の母屋貫通部。防湿ビニールも貫通してしまうのでアクリルテープでしっかり気密処理を行います。
 
いよいよ明日から外壁のグラスウールを充填します。先日お知らせしたように今の時点で大変室内は静かですが、断熱材が充填されると更にぐっと涼しくなります。
 
今日は米津玄師なんていかが

2019年6月1日土曜日

桂岡の家 外壁断熱工事 その2

 
「桂岡の家」はサッシが取り付けられ断熱工事が始まりました。
 
防湿&気密ビニールを合板の上に貼り、その上からサッシのツバを被せて4周をテーピング。
 
この段階で室内に入ると以前に比べてもの凄く静かになったことに驚きます。実際は壁にグラスウールがびっしりと充填されるので音は更に静かになります。
 
今日は様子を見に来た住まい手さんと一緒に静かになった室内を確認しました。
 
外は風がびゅうびゅう・・・なのに室内から見ると無声映画のように風景の動きだけが見えて不思議な気持ちがします。

 
タイベックをサッシのツバの上に貼り付けたら、断熱下地を兼ねた4方枠を取り付け。丸三ホクシン建設さんのK棟梁のアイディアで枠の下には最初から水勾配が付いています。

出来上がりはこんな感じでタイベックはバタつかぬように四辺を折ってガラスに仮止めしておきます。もちろん最終的には壁のタイベックと一体化させるための下準備です。

下屋は野地板の傷みが進んでいたので、一旦全て取り払い新しい合板を野地板とし、上に防湿&気密ビニールを貼ったところです。

こんな風にビニール同士の重ねを充分(最低でも100mm以上)取って、建物の凹凸を覆うようにビニールを貼ります。
                              
 
こちらは断熱の下地を組み立てているところ。206でグラスウールの厚みは14cmになります。
 

北側も窓廻りの仕事が完了し、断熱下地を組むまでになりました。
 
今日は今時のフレンチポップLouaneなんていかが
 
 















2019年5月29日水曜日

桂岡の家 外壁断熱工事

全てのモルタルを剥がし、構造用合板を貼り付けて面剛性を確保しその上から防湿ビニールを貼った南側の壁面。壁面の奥行きが凹凸となり、1階と2階の出入りも異なるので防湿&気密ラインが単純な一直線とはならない。
 
例えば1階の下屋の上にバルコニーが置かれていたり(1階壁面に対して2階壁面が引っ込んでいる場合)、袖壁の左右で外壁の出入り寸法が異なったりといったところが要注意。
 
必ず防湿&気密ラインは連続させるように考えて作業を進めて行きます。
 
 
こちらは外壁のモルタルを残した北側壁面。土台と柱の状態を確認するために水平方向に切れ目を入れて構造を露出させます。
 
一目で見て分かるように壁の黄色のグラスウールと後から床下に詰め込まれたピンク色のグラスウールがつながっていないことが分かります。
 
壁にはきつく気流止めを詰め込んで内部で発生していた壁内気流を確実に止めた上で、新たな断熱層と気密層を既存のモルタル面の上に作って行きます。

写真を見ても分かるように断熱材本来の性能を引き出すためには、その理屈や仕組みを理解し、切れ目なく連続させることがとても大切です。
 
今だからこそ言える話しですが、断熱材単体の性能はそこそこ立派でも50年前の建物の多くはその能力をほとんど引き出せていません。もちろん施工者に悪気がある訳はなく、断熱に対する当時の無知がその原因です。
 
その後1988年から北海道は地域に相応しい仕様の住まいとして「北方型住宅」の建設と普及を始めますが、その時に最初に取り組んだのが断熱の仕組みを理解した設計&施工技術者(BIS)の養成でした。
 
当時の断熱施工の様子を見るとその理由がよく分かります。
 
 
また今までの様子を見ても明らかなように寒い家の断熱構造を入居後にそれも住みながら部分的に直すという発想がどれ程無理筋かもよく分かると思います。
 
実際、住まいにとって断熱構造とは家全体に係わる事柄であり、床だけ、居間と水廻りだけ、窓だけといった部分的に解決することがそもそも難しいものです。
 
古い北海道の家の多くが新築時に断熱工事をしているにも関わらず、後に様々な部分断熱改修を繰り返すケースが多いのも、新築時の断熱がいかに頼りないものであったかを示していますし、それは同時に当初の断熱性能がいかに重要かも今に伝えています。

このまま壁を閉じると壁内が空気の通り道になってしまいます。そこで壁内にぎゅっとグラスウールを詰め込んで空気の通り道を塞ぎます。

壁から上がっていった防湿&気密シートは軒天で水平に折れて屋根の防湿&気密シートと連続させます。
 
今日は80sで行きましょう!