2011年5月31日火曜日

空に開く

外壁に窓のない家を計画しています。もちろん全ての窓がないわけではなく壁に窓を極力つけないという考えでつくる家です。ほとんどの光を天井面や内部に設けた中庭から採ります。

通りに対して閉じた表情としながら、けして無愛想ではない。そんな材料で建物全体をつくりたいと考えています。なんだか抽象的で(笑)...閉じているのに無愛想ではないとはどんな感じなのか?今日は少し意匠のお話をしたいと思います。(私は本来、意匠屋ですから..笑)
角地から見た上の写真のように建物に窓がないと、外観上の印象は家というより、壁とか背景のような印象になります。精度の高い板金や金属パネルのような表現も街並みに一風変わった印象を与えるでしょうが、今回はさらに自然で柔らかな材料でつくれないものか?とあれこれ考えています。

精度よく収まるような板金も貼栄えがしてよいのですがむしろイメージとしては今回はいまいち違うように思います。

むしろ窓がなくても、落ち着いた街の風景として長い間、飽きずに愛されるような材料をいろいろ考えています。写真は小樽の石倉倉庫ですが、一見地味な軟石がなんとも味わい深いと思いませんか?(笑)、時代を経ても味わいが増して、言われないと気付かないくらい控えめなところなんてほんとうに良いです。まあ最近は当時の工法が使えないのでなかなか難しいのですが。

窓のないことが無愛想にはならないという見本。なんだかユーモラスでかわいげさえある。(笑)

外側からはうかがい知れない板塀に囲まれた佇まい。通りと敷地をやわらかく遮断して内部に豊かな空間をつくってきた。まだ完全に工業化されていない素材は表情が豊かでなにより時の流れの中で色褪せにくい。写真は北海製罐㈱の「罐友倶楽部」、古いのに素敵!と思えることが陳腐化していない証拠。たとえば現在の外壁の中で100年後もこうした味わいが感じれるものはどれほどあるだろう。なによりも当時の設計者に感謝したい。


建物がのっぺりとしないように外部から内部の部屋の存在をわずかに感じさせたい。部屋ごとに専用の屋根と天窓を持つ不思議な外観。さあてまたまた幸せな悩みの毎日が始まります。

今日の曲は、ドンヘンリーなんていかがでしょう?