2017年10月12日木曜日

帯広の家 付加断熱+気密工事

苦労して通気胴縁を解体し、気密工事と断熱工事を行った「帯広の家」。写真は既存の青色のスタイロフォームの上に黄色の気密シートを貼り次にフェノールフォーム50mm、そしてタイベックを貼ったところ。これでGW200mm相当の外張り断熱の家に生まれ変わる。既存の断熱材もいよいよ30年ぶりに本来の性能が発揮できるというわけである。
 
写真中央より左がビフォアー、右がアフター。既存の断熱材は全て上から気密フィルムを貼り気密性を与えることで極力再利用する。
 
壁の最頂部は付加断熱が野地板にぶつかるがそこも極力外部側からウレタン等を充填して隙間を塞いでおく。
 
当時は隙間に充填するウレタンや気密を確保するテープ等の補助部材がなかった。気密が伴わねば断熱材を張ったというだけで、ほとんど断熱性は引き出せない。要はぜんぜん断熱材が効かない。当時は不思議がられたが、その秘密は気密でした。壁内に充填する断熱材の効きが悪いのは気密不足による躯体内気流の発生。外張り断熱材の効きが悪いのは壁と屋根の気密が取れていないから。
 
当時から熱の逃げ場、隙間風やダウンドラフトを一番感じやすいところとして窓の性能UPは盛んに行われた。「帯広の家」もその例にもれず、内窓を後から追加し部屋によっては写真のように3重サッシとなっている。一方で外壁面積全体でわずかな面積でしかない窓だけを性能強化しても確かに窓近辺の表面温度や隙間風は多少改善するが全体的に見ると費用対効果はけして高くない。
 
むしろ窓の漏気が減った分、他の部屋の漏気量が増えたり、今までは気にならなかったところに新たな結露が発生したり・・・当時はこうした後付の部分断熱が引き起こす現象を終わりの見えない・・モグラたたきのように感じる住い手も多かった。「帯広の家」は幸運にも30年の月日を要したが、最後の仕上げとして外壁と屋根の断熱+気密までを行えた数少ない例といえる。
 
今にして思えば・・窓をまず全て直してから数年後に壁そのまた数年後に屋根を直そうなどと言う悠長な人は少ない。窓+壁+屋根をセットにして安価に直す。というストーリーを前提に断熱リフォームや部分断熱は考えねばならず、それに必用となる技術やノウハウを研究し蓄積しておくべきだったのだと思う。それなのに私たちは新築に忙しく、解体技術や後付でも問題を起こしにくい断熱気密の技術開発を怠ってしまったのではなかったのか?その結果・・行商のように飛び込みで風除室や断熱サイディング、内付け樹脂サッシを・・てんでバラバラに切り売りする市場を生み出し、結果的にはずるずると放置してきたのではないだろうか。聞けば「帯広の家」の部分断熱リフォームも全ては竣工を担当した工務店以外の施工店によって無計画に行われてきたとのこと。今度こそ自戒を込めて最後までかかわりたいと思う。
 
付加断熱は高性能なフェノールフォームを50mm増し張りする。
 
こちらが長さ15cm以上にも及ぶ特製のスクリュー釘。30年前に恐らく特注されたものかもしれない。通気層側の釘頭は見事に腐食し釘抜きであおると頭がちぎれてしまい抜くことが難しい。
 
西面はタイベックの上に通気胴縁を打つところまで来た。あともう少し。
 
こちらは屋根の野地裏からウレタンを吹きつけた所。気密のよくない外張り断熱構造なのは屋根も壁と同様。但し屋根は継続使用するので壁のように屋根のトタンをはがして気密+断熱というわけにはいかない。そこで吹き付けるだけで断熱と気密が取れる現場発泡ウレタンの特性を生かして室内側から始末する方法を選択した。屋根の架構が渡りあごによるものなので天井に人が入れるフトコロがあったこと、なにより当時一般的だったGWブローイングが小屋裏に全くないので天井を開口した際のゴミの量が圧倒的に少なかったことも幸運だった。
 
今日はMr.Bigなんていかが

発寒の家Ⅱ 杭打ち工事

昨日は「発寒の家Ⅱ」の杭打ち工事でした。敷地の間口が僅か7.5mしかないので、杭打機も極小ですがそれでもマストを立てると10m弱もあります。オペレーターさんとアシスタントさんの阿吽の呼吸で4m杭5本、3m杭20本。計25本を約1時間40分で打ち終えました。平均すると約4分/本。雨が来る前に全て打ち終えることが出来てよかったです。

杭はH型RCパイル。敷地奥が想定より地盤が若干緩く、地表面まで杭を一端打ち込みその上にキャップを被せて、杭打機の自重を掛けて規定の反力を得るまで杭頭を突き込みました。

写真は3m杭をセットした直後。この後油圧で圧入し最後には自重を掛けて反力を確かめ杭打ち完了となります。
 
今日は久々にバンアパなんていかが