2009年12月6日日曜日

北海道のデザインって?

地方で暮らす私たちが、今後100年慎ましくも豊かに暮らすためには、きっといくつかのキーワードがあるように思います。1:地場産、2:地産地消、3:地場産業、に見られるような「地」というキーワードも最近ずいぶん耳にしますよね~。食の世界で言えば古くは札幌ラーメン、最近ではスープカレーのようにその地でしか味わえないもの、もちろん東京まで持ってゆくことは出来るけど、「やっぱ北海道で食べたいよね~。」となるような...地元の私たちは見慣れていても、きっと道外から来た人たちにとっては新鮮な驚きがたくさんあることでしょう。食べ物の話から入りましたけど、北海道らしい家や街並みを今日は紹介しますね~。


地元の人もぜひ訪れてほしい、北大のモデルバーン(見本農場)畜舎群、板金の屋根、下見板貼りの外壁、130年前なのに窓には全てガラスが入り、後の北海道の建築の原点的デザイン。道産子なら誰しも心癒される空気感が漂ってはいないでしょうか?

レンガと軟石(札幌軟石→石山通りの石とは軟石の意)に赤い屋根のサイロと畜舎。おなじみ北海道を表すキーワード。


大正~昭和初期の佇まい。屋根は和小屋(和風つくり)、窓は引き違い(和風窓)ながらどこか洋風チックな香りを感じさせる民家。これも道産子なら癒されないでしょうか?



部分的には同じような作りでも、棟飾り(屋根の頂点の飾り)を入れると俄然、和の香りが強くなるのを感じませんか?玄関の屋根は入り母屋造り(純和風)で左側に洋室の出窓が見えます。

こちらは、港小樽の旧家、むくりとそりがついた入り母屋玄関に格式を感じます。こんなふうに見ると、ずいぶん昔の方が味わい深いデザインが多いと思います。最近巷では○○モダン風が大流行ですが、こんな地元のデザインを正常進化させるコンセプトもとても魅力的だと思います。

2009年12月3日木曜日

銭函の家 内装工事その二

銭函の家の内装工事も仕上げ工程に向けて順調です。我らが現場のS棟梁は、親子鷹。そう、お父さんともども毎日現場で頑張っていただいています。先月竣功した西岡の家のS棟梁も同じ親子鷹、おまけにイニシャルも同じです。今年はSさんにとてもおせわになる年です。でもなんだかいいと思いませんか~(笑)、私も将来息子と仕事がしてみたいものです。そのためにも「建築家がそばにいてくれてよかった」と言われるように日々精進したいと思います。さて本日の監理のテーマは「見切りの確認」いつものように一緒にお付き合い下さい。(笑)

見切り:ものとものとがぶつかるところの処理。理想はそうした工夫なしで、硬いものと柔らかいもの、天井と壁のように面として異なるものがすっきり、さも何事もなかったように納まる(出来上がる)ことが理想です。しかし実際には、暖かい質感を持つ手作業の塗り壁と薄い塗り厚のペンキの天井の取り合いとか、壁の珪藻土と床のフローリングの境界とか、見切る工夫を事前にしっかりしておかないと出来栄えに大きく影響してきます。そこでそうした部分をみっちり監理するのです。階段は下塗り状態、段板は、ワックスで木地仕上げとするので、下地の白ペンキがはみ出る事は当然NGです。

アルミの見切りを床と壁の間に用いてアルミの厚さ分を珪藻土塗り壁の塗り厚さの定規(基準)とします。部屋の隅をホウキで掃いたり、掃除機を掛けたりしてもこの僅かに壁より飛び出したアルミがガードになって壁がポロポロ崩れるのを防ぎます。

壁は塗り厚のある珪藻土です。当然天井まで塗り上げると、厚み分僅かに天井を塗ることになります。そこで天井を壁から僅かに(今回は1.2cm)離して(目透かして)納めます。写真はその下地となる材料の取り合いです。1:天井、2:南壁面、3:西壁面の3面が取り合う入り隅(イリズミ)は難しいところです。出来上がりは壁の珪藻土が天井面の中にすーっと吸い込まれるように見えます。

本日の銭函の眺め。空は鉛色、冬の景色の到来です。


壁のボードを打つS棟梁、お父さんは1階担当です。塗り壁の下地ということで、釘が起きない(後から釘頭が飛び出さないように)ように、ボードビスを用いています。釘は打ち込むもの、ビスとはねじ込むものを言います。


本日の外気温は4℃、昼間も冷えます。


床の材料の断面が見えます。上より15mm厚のニレフローリング、24mm厚の構造用合板、道産カラマツ集成材、左に見える金物は構造的に伝統的な継ぎ手、仕口によるものではなくて金物接合であることを示しています。


壁の厚さは、最終的には43cm、開口部は外壁面より室内側に入って納められます。通常は開口部(サッシュ)が外壁面より外に出るいわゆるサッシュ勝ち納めが北海道では一般的です。しかし耐久性や、外観を彫りの深い印象的なイメージにまとめるためにあえて壁勝ち納めといたしました。


北国の木造の外壁構造の特徴は通気層を徹底するところでしょう。冬場室内で発生する湿気は室内から室外に向かいます。そこで室内から見て最外層部に空気の通り道を設け、万が一壁内に湿気がこもっても、逃げ道を作る工夫が必要になります。問題はどこから外気を壁の表層に入れるかですが、今回はこの壁勝ち収めを利用して上の写真のように窓のすぐ上の黒いベンチレーターから安定して空気を導入しています。材料はイーブスベンツ。本来は陸屋根の通気や小屋裏換気に用いる部材ですがそれを応用してすっきりさせました。

室内は、大工さん3人の体温発熱とコンプレッサー、作業灯の発熱量で現在15℃です。この原稿を書いていて気付いたのですが、300mm以上断熱をすると結果的にこのような気温を維持することが可能だとすると、今まで冬期現場の困りごとであった、低温化での仕上げ作業が圧倒的に楽になります。今の時期、通常の断熱の現場の室内は10℃にもなりません。その中でペンキを塗ったり、塗り壁をしたりは、ほんとうにたいへんです。まず乾かないし、品質も安定しません。湿式工法(工法に水を用いるもの。日本の伝統的なものはこれがほとんど。)は、こうして時期を無視した使い方のおかげで乾式といわれる水を用いずに溶剤を主にしたものに置き換わってゆきました。出来上がりの良い建築をお望みならば、春に着工して秋前に完成が理想ですが、断熱の考え方がもう一つ進むと、冬場でも漆喰や塗り壁が安定したよい品質で出来るようになるかもしれません。


冬場、北西の小樽市街方向から吹く風によって東側には大きな雪庇(セッピ)が張り出します。その方向は同時に眼下に広がる畑とその向こうに続く石狩湾を望むことから当初より窓を計画していました。特に暖気で寒さが緩んだ頃、屋根の雪庇が垂直に落下して下の屋根を壊したりすることがままありますよね?そこで子屋根は60度を越える勾配として、レンジフードの排気も軒下に全て隠すことにいたしました。


軒下に二つ穴が見えるのがレンジフードの排気と給気口です。気密住宅の場合は室内の気圧変化を最小限に抑えるためにこうした同時給気排気式のものをお勧めします。まだまだ排気専用タイプが多いですが、調理時に壁の給気口から冷気が流入して寒さを感じたりとあまりお勧めできません。


これくらいの高さが一番怖さを感じますね~。雪庇はこの角度で屋根に当たり滑って地面に落下するというわけです。


この建物のもう一つの心臓部、それは北海道で開発された技術であるパッシブ換気(高気密断熱建物専用自然換気)を改良して用いている点です。写真はその排気口。壁から飛び出さず十分に薄いことを確認します。この方法は、外部の気温や気圧の影響を十分取り去った室内(高断熱気密建物の室内)においては、煙突効果の応用で自然換気できるというものです。従って機械による換気は必要なくなります。(全国の建物がそうではないので、法律では機械換気が義務付けられています。)ほんとうにすばらしい発見だと思いませんか?

この排気口を開発した人も北海道の方です。極力機械に頼ることなく、自然の法則を応用して知らずに快適で燃費の良い暮らしがこれからは求められるとおもっています。本日も最後までお付き合いありがとうございました。

2009年12月1日火曜日

2004年

2004年もそういえば住宅をつくっていました。一つは岩内で、もう一つは札幌の宮の沢で、今見ると懐かしく当時を思い出してしまいます。私は古い街が大好きです。かつての岩内は海運と漁業で栄え、街の繁華街である万代は深夜まで賑わいが絶えることはありませんでした。昭和29年9月26日は青函連絡船の洞爺丸沈没の日として有名ですが、くしくも同じ日に岩内町では3500戸を失う大火に見舞われます。街の中心部は壊滅的な被害を受け歴史ある街並みは一夜にして文字通り灰になったのでした。
しかし被害を免れた建物の中には当時の華やかな様式や海を越えて入ってきた舶来の香りを感じさせるものも少なくありません。明治から大正、昭和初期までは、安価な民家といえど、ひとつひとつ手仕事が当たり前、西洋趣味を気取ってはいても、横長の引き違い窓や、5寸の緩やかな勾配の屋根、横張りした南京下見板や漆喰にモルタルといった左官仕事、その後大いに北海道中に広がった赤と緑のトタン屋根etc...、ちょっとレトロな中にしっかりお醤油の味も忘れない和洋折衷の素適な建物たち。そんな岩内の空気を精一杯大切にしようと、計画に励んだのでした。大火で古い街並みは失われても、札幌に溢れる新興住宅街っぽさは持ち込みたくありませんでした。同時に当時から頻繁に使われ始めたデザイナーズっぽさも嫌でした。歴史ある街に建てるにはどちらもあまりにも失礼な気がしたからです。さんざん考えた末に大正や昭和のフレーバーを再解釈して現代的にアレンジすることにしました。写真は、雨上がりに足場を外した直後。ちょっと懐かしい感じがしませんか~?(笑)




全体的にはかなり懐かしかったりする。(笑)破風は30度転ばして厚さは180mm。




外観はレトロなんだけれど、構造は強靭に。強風地域の岩内の風でもびくともしないように柱量と梁量を倍に増やし、合板で補強


夕暮れになるとあまりにきれいな夕焼け。まさに昭和の子供時代。ほんとうに夕焼け小焼けで日が暮れる。

妻よ当時からありがとう!お昼は現場で棟梁たちと。


夜間作業は続く.....




外壁のジョリパット塗装の直前、樹脂モルタルメッシュ入りの左官が終わったところ。


まったく同じ頃、札幌では宮の沢の家が同じような工程を迎えていました。宮の沢は私が育った街です。小学校2年生のときに、隣町の手稲本町から引っ越してきました。当時流行のハウスメーカーの住宅が運よく買えたからです。それからあっという間に40年、しかし大正や昭和初期の建物のような手仕事のよさは既になく、今ではこれまた中途半端な規格住宅に建替えられていたり、各社の個性というか癖が不協和音のように響く街並みになってしまいました。新和風に北米風、北欧風にカナディアン調といったように、まあ住まい手の趣味なのでしょうが何でもありのテーマパークのようでもあります。そんな中すでに子供達が独立した世帯も多く、今となっては「いいところ」ながら活気は薄れ寂しさも漂っていました。そこで岩内とは正反対の提案を思いつきました。今までになかったもの。そう、なになに風というのを徹底的になくして近代的にしたいと思いました。使う色を極力減らす。かたちは極力単純にして、数学的な比例の組み合わせで建物のデザインを考える。工業的な精度の高い印象を与える。歴史的なものには背を向けて原理的で工業的な印象を重視しました。
作風が違いすぎることをずいぶん仲間内から責められもしましたが、今でも同じくらい大切で思い出深い仕事です。でも建築家にとって作風がそんなに大切なのでしょうか?そこのところは5年経っても分かりません。きっとあまり進歩していないんでしょうね。(苦笑)ちなみにこの年は台風が北海道を直撃し苫駒が夏の甲子園を制した想いで深い年でした。

2009年11月28日土曜日

銭函の家 内装工事

銭函の家も内装工事に入っています。きっと皆さんの目から見ると単なる工事中の写真だと思いますが、実は石膏ボードを貼り下地が見えなくなる今が監理する上で最も大切な時間帯となります。コンセントやスイッチの位置は良いか?各種の見切り(巾木や目透かし部分、特に出隅コーナー処理を忘れていないか?)、塗装仕上げ部分には塗装用のボード、それ以外の仕上げ部分にはそれ用のボードとしっかり区別されて使用されているか?各種の塗装色やその機能(床などは滑る塗装?滑らない塗装?等)、製作家具の搬入据付等のスケジュールの確認等々、いろいろあって書ききれないので今日は、みなさん一緒に監理にお付き合い下さい。(笑)

組みあがった直通階段(銭函の家は3階建て、法律では3階の非難口、と消防隊の進入口及び直通階段が義務付けられます。)1:階段は軋みがないか?、2:しっかり表面が養生されているか?3:壁からの離れは適切か?、4:勾配に違和感はないか?、5:金物部分のビス頭はパテ処理するかしないか?、6:各部の色の確認、7:手摺を付けてからでは入らないものの確認(大型家具やピアノ等)
写真はユニットバスの底部分です。1:赤い温水管と青い冷水管が下地にしっかり固定されているか?2:電気配線の隠蔽部分の固定はなされているか?線と線をつなぐ部分はジョイントBOXが使われているか?3:UBの固定は頑強か?

銭函の家はクライアントの要望で床と壁の間に巾木がありません。しかし壁は塗り壁を予定しています。単に巾木を取ると、塗り壁が掃除機を使うたびに、細かく砕けた粉になり床を汚します。そこで見切りを最小限の寸法で入れます。




塗装仕上げの壁もあるので、窓のコーナー下地を入れているところです。いわゆる「ピン角」は出来たときは美しくともすぐに欠けてしまいます。6Rの丸面を付けてコーナーを守ります。




2009年11月26日木曜日

銭函の家 青空工事


秋晴れの中作業は進みます。太陽光で深い陰影が出る壁です。廻りの山々の緑がすっかり消えると無垢の杉板は意外に目立ちます。


本日は、たいへん良い天気です。


写真はフロアーを貼っているところ。白く見えるのはスペーサーです。熟練のS棟梁が銭函の家の担当ですが、理由を聞くと、無垢の板は一枚一枚厚さが違うそうで、高さを揃えて、見切りよりほんの少し床面が下がるように調整するのだそうです。仕上がるとまったく分かりませんが実にきめ細やかな配慮だなあ~と思いました。現場に出ると毎度ほんとうに新鮮な驚きがあります。いま北海道の建築は最悪の状況ですが、大工をはじめ職人たちが作ることに腕を振るえるような世の中でいてほしいと思います。世の中が暗く元気がなくなると、こうした技は知らないうちに失われてしまうでしょう。自らの考えを具現化してくれる職人達がいる時代に建築家でいられる事はとても幸せなのだと思います。








2009年11月25日水曜日

ASJ函館スタジオイベントにて

先週は、土日と函館に出張でした。今年からASJの登録建築家になった私は自作のパネルを携えて、道内各地のイベントに参加させていただくようになりました。最初は同業の建築家同士が集まって一緒にイベントなんて、なんだかやりにくいな~と思ったものですが、最近ではむしろ皆さんからよい刺激をいただけるな~と思うようになりました。函館ではじめてお会いする建築家の方々も厳しい風に負けず懸命に仕事に励む素適な人たちばかり、今回もたくさんの元気を頂だいいたしました。この場をお借りして御礼申し上げます。



7:00発の北斗に乗り一路函館へ、途中信号機の故障で一時間半の遅れとなり。



おかげで、たっぷり寝て...起きた函館駅は、記憶とはまったく違うものに変貌していた。
そーいえば、最後に来たのはもう20年以上前だものね~。



函館ではじめてお会いする、建築家ユニットのお二人。新築された自宅兼事務所の展示が素適でした。二世帯住宅の永遠のテーマである各世帯の距離感の捉え方に新鮮な驚きを感じました。


今回は注目の若手建築家のNさんともご一緒させていただきました。彼女のつくる建築を見たことはまだありませんが、とても詩的(史的?)なものを感じます。お話しすると古いものが大好きなのだとか、近代建築は長らく歴史的なもの(様式や慣習etc)を否定し合理による再構成をその基本としてきましたが、これからはどう変わるのでしょうか?


函館の朝日、海の向こうから昇る太陽は実に美しいものでした。

背後に山が迫る市街地、この厳しいスケール感は安易に建てられる平地をなくし、都市計画に複雑さと面白さを与えています。まさに厳しい設計条件の中で考えに考えた結果、素適なプランが生まれるようです。敷地の高さをいかに解決するか?という問いは全世界の建築家にとって永遠のテーマでしょう。


あり合わせの建具と小波トタンで作った作業場の可愛らしさ。
海と街の近さは、小樽以上です。暮らしの中に海の風景があることはとても羨ましいことです。

2009年11月17日火曜日

銭函の家 外装杉板貼


銭函の家の外装、道南杉の縦貼り工程が終了しました。赤味を帯びた板肌は美しく、繊細でなかなかに目立ちます。天然木の生命感がエコっぽい印象にぴったりだと思うんですが~(笑)なんて少々自画自賛でしょうか?(爆笑)、私も板張りは好きでよく使うのですが、無塗装で使うのは初めてです。杉が外装材として強靭で耐久力に富むことは知っていましたが、どうしても希少で高価な印象があり今まで使うチャンスがありませんでした。先日竣功した「西岡の家」と貼り方は似ていますが仕上がった感じはご覧のようにまったく異なります。まちなかの「西岡の家」はトド松材を用い着色をして、耐久性と周囲との色彩バランスを考えましたが、南側に山がせまり、敷地の周りはのどかな畑に囲まれた「銭函の家」は、杉の地肌の色も悪くないかな~と思います。

銭函の家:道南杉/無着色

西岡の家:道産トド松/耐候性ステイン仕上

2009年11月12日木曜日

銭函の家 気付いたこと

銭函の家の外壁は赤みを帯びた道南杉を縦貼りします。杉は耐水性が高く長持ちします。紫外線と外気に反応してグレーに変色し味わいを増す壁です。気に入ればそのままでもよいし、飽きたら塗装してもよいと思います。よく色が剥げたときのことを気にする人がいますが、こと木製の外壁に塗る塗料に関しては、素人でもベテランの親方でも仕上げに大差はありません。ですから欧米では休みを利用して住い手が塗るのが普通です。もうひとつ大切なことは、メンテナンスの中で単位面積当たりの単価が最も安いものが塗装だということを憶えておくとよいと思います。よくメンテの掛からない壁のようなお話や相談を受けますが、「塗装でなおるもの」と答えます。張替えやシーリングそれらに関わる付帯工事が発生するものは、最初の工事費は安くてもあまり賢い選択ではありません。そんな意味でも杉板の無塗装貼りは良いと思うのです。

室内では電気屋さんの配線が始まりました。銭函の家の室内壁は特別製で気密ビニールの中に電線を極力入れません。これは前回行なった建物の気密性を損なわないためです。写真のように専用の配線下地を組んで中に配線します。将来的に間取りの変更があっても建物の気密性を損なうことで建物の寿命を縮めないようにEUでは標準化しつつある工法です。
夜の現場は最近冷え込みます。


本日の外気温は約3℃くらい。

しかし、大工さんが働く室内は、玄関ドアを開けっ放しで作業しても14℃もあります。もちろん中で暖房なんて焚いていません。先日の気密測定のときに11人が現場に入りましたがその時は16℃にもなりました。人体の発熱で気温が上がるなんて聞いてはいましたが、目の辺りにすると俄然期待が高まります。機械設備暖房主体の建物は、スイッチを入れるまでどうなるか分かりませんが、銭函の家は建物の方から「おーい断熱効いてるよ~」と語りかけているようで、現場監督と棟梁と一緒に「新鮮な体験ですね~」なんて話しをしました。作ることで体感できる貴重な現場。まだまだ頑張ります。