3:工法、コスト編
さていよいよ今日が第三部、結びとなります。
南あいの里、菊水ともに、北海道の標準化工法である在来軸組み構造にマッチングのよい高断熱工法をいろいろと検討するところから、スタートしました。今回のように新しい試みに挑戦するためには、一般仕様は通用しません。たくさんの選択肢から費用対効果最大の工法を見つけ出すことが実はなかなか骨の折れる仕事でもありました。もちろんお分かりとは思いますが、断熱の仕様や窓の仕様、その納まりといった事柄に一般仕様を選択すれば、設計者は、間取りやデザインといった従来の得意分野の仕事に専念できますが、燃費や暖房に頼り過ぎない穏やかな室内気候、地産地消、木質バイオマスエネルギーの導入、バランスのよいコスト、費用対効果を含めたこれからの設計思想といった見えない部分まで欲張ってデザインしようとすれば、残念ながら私という一建築家のキャパシティーを大きく超えてしまいます。まさにチーム編成で設計に当たる意味はここにありまして、各専門家が現場の実践を通して見つけた貴重な事柄を私がみなさんに発信できるのも、すべてチームのおかげなのです。
さまざまな断熱材の使用を検討した結果、積水化学工業が開発した、フェノールフォームを用いることで、目指す費用対効果が得られることが、分かってきました。生産とコストシュミレーションを担当した、武田社長は、断熱材の工法別にすべて異なる下地や付属手間を細かく拾い、金物、必要人員、一日の予想出来高等を勘案してベストな結果を探してくれます。結果は従来どおり壁の中に10cmのGWを充填し、外貼りは板状の高性能な断熱材を一回で貼り、都合二回分の手間で30cm分の断熱を完了してしまう方法が選択されました。またこの構造を傾けたものが屋根、垂直なら壁といったように単純化し、従来のように壁は外貼り、屋根は吹き込みといった異なる断熱方法をとらずに共通化しています。小屋組みをプレカットでトラス化しクレーンで一気に建て方を終わらせるのもたいへん手間節約には有効でした。
単純化された、壁と屋根の構造、断熱材の性能を高めると部位を薄く高断熱化できる。これを分かりやすくいえば、室内を拡大化しつつ断熱性能を確保することが可能となる。結果、二階の天井を水平に貼る必要がなくなり屋根なりの吹き抜け空間としてのびのびとデザインすることが可能となる。
断熱材の止め付け方を工夫し、従来の外貼り断熱材のネックだったヒートブリッジ(継ぎ目に木材が出るためにそこが熱の逃げ場になりやすい。)を極力回避する構造としている。
下地の材を止めつける、内野沢棟梁。
9cm厚で3×6版(91cm×182cm)のフェノールフォームを外壁に止めつけて行く。これでグラスウール20cm分の断熱と同じ効果が期待できる。(断熱は壁の隙間に押し込む充填法よりも外貼り法の方が同じ性能の断熱材を用いても効果が高い。)
従来型の窓と壁の納まりが左側の写真。サッシが構造軸とも断熱軸ともずれ大きく外部側に追いやられているのが分かる。反面、南あいの里や菊水ではサッシの中心軸は構造軸、断熱軸と近接し構造的、断熱的なリスクを減らしている。南あいの里、菊水でサッシを担当するエンヴェロップによりサッシの位置や止水ライン(防水位置)が綿密に検討されている。
ご存知、北海道の偉大な発見であるパッシブ換気を説明するために作成したイラスト。
パッシブ換気とは、「正しく計画され、断熱され、気密化された建物においては、必要とされる換気は機械動力を必要としない。」というもの。隙間風や断熱不足による温度むら、空気や熱の移動を考慮しない間取りといったものから作りてが卒業すれば、煙突効果や対流といった自然の法則を用いて(機械動力に頼らないで)家全体を健全に保つために必要な換気量がモーターを用いずとも得られます。この話は過去に何度も書いていますが、ほんとうに不思議だと思いませんか?建築とはまさに科学でもあります。(*:建築基準法で定められている機械換気を否定するものではありません。実際の工事では、法的に必要な最低限の機械換気、たとえば簡易なパイプファン等は設置を求められますのでご注意ください。)
外気を導入する部分の屋外と室内の写真。外気を床下のヒーターでわずかに温めるだけで浮遊力を得た空気は各階に熱を配りながら室内の最も高いところを目指して上昇して行きます。ヒーターの容量を最適化すれば、換気と暖房を一体で行うことも可能となります。ドイツのパッシブハウスが床下空間を作らないのに対して、積極的に床下を断熱した室内空間として用い、余熱用のヒーターや給気管を設ける場として利用するところが特徴です。
今度は排気口の室内側と屋外側です。実はこの排気口も北海道の特産なのです。グッドマン換気口はいつも愛用することが多い製品です。左の写真の上部がグッドマン、下部がパイプファンです。
北国の家の穏やかな室内気候を完成させるためには、不要な外気の流入がしっかりと遮断されているか否か、実際に圧力をかけて現場毎ごとに確かめる必要があります。
すっかりおなじみのDr.タギ氏による気密測定はけして欠かせない工程です。
写真はドイツのパッシブハウスです。一見してずいぶんガラス面が多いと思いませんか?最近ドイツでは、建物のガラスの面積が増えつつあります。意外と知られていませんが、スウェーデンやノルウェーでは一年12ヶ月のうち、およそ2ヶ月が夜(一日中太陽が顔を出さない状態で極夜という。夏の白夜の反対。)です。こうした日が11月中旬から翌年の1月中旬まで続きます。したがいまして窓を大きくとることで冬場の太陽熱を取得しようという発想自体が難しくなります。むしろ夜の長い国として、短い夏の光を最大限楽しむために窓を大きくしようとするのです。北緯70°以北といえばもうほとんど北極圏ですが、主にメキシコ湾流の恩恵で冬場は本来の緯度からすればかなり暖かな気候といえます。それに対してドイツの場合は、北部以外は冬場の太陽熱を積極的に室内に入れ取得した熱を暖房の足しにすることが可能になります。(北ドイツでは期間は短いですが極夜があります。)さらに緯度が20°以上南に位置する北海道では、冬場でも豊富な太陽光が得られます。こんな理由で私の設計する建物には、冬場、低い軌道で移動する太陽から貴重な熱をいただくために、横長の窓が多く採用されるのです。(下の写真は銭函の家/2009)
ドイツのパッシブハウスの断面模型。断熱材は屋根45cm以上、壁30cm以上という分厚さ、壁の総厚は40cmを軽く越えます。こうした壁をドイツでは工場で断熱パネルとして一体生産するのが通常です。現場で大工さんが3回や4回に分けて断熱材を入れることは一般的とはいえません。先進国として大工の人件費はけして安くはありませんから、そういった工夫が必要になります。写真はドイツではポピュラーな木材から作るウッドファイバー。廃材や間伐材から作られるが、断熱性能はグラスウールと変わらない。私なら、小型プラントを被災地に設置して大量の廃材から断熱材を作りたいと思います。それを復興家屋に必ず使うことも合わせて提案することでしょう。復興する一軒一軒が、その壁や屋根の中に過去の街のDNAを宿している。けして悲劇を忘れない見えない誓いとして、今度は寒さや暑さに対する備えも真剣に行なってほしいと思います。もちろん出来上がった断熱材を販売することで経済も復興してほしいですし、仕事もごみ処分も両立しながら、もう一度立ち直ることができればよいと思います。
対する日本の生産現場は梁と柱の加工こそ土場やプレカット工場ですが、その他はほとんどすべて現地生産が普通です。つまり大工が一人で持ち運べて、工場よりも設備の劣る現場で作っても工場と出来上がりに差がでにくい方法を事前に、大工ともどもしっかりと練っておく必要があるのです。ものづくりの合理性を論じる際に、その国や地域の歴史や生産標準を無視した話をしても答えはなかなか見つかりません。ドイツや北欧が自らにふさわしい方法を長年掛けて見つけたように、私たちも自分たちのやり方を見つけるために日々努力しなくてはいけません。また建築というのは、たとえ先進国であっても地域的な基幹産業としての役割が強い場合がほとんどです。地元の生産者とのつながりや、伝統的な木材の寸法や止め付けに用いる方法や金物、技術者の技量や教育にいたるまで、地域と一体化した経済的な生態系のような構造になっているのが建築という産業の特徴なのです。山がなくなれば良い木が絶える、よい木がなければ大工が絶える、大工が絶えれば跡継ぎも絶える、直す人がいなければ建物が絶える、建物が絶えれば人が絶える、人が絶えれば街が絶えるといったように、鎖の輪のように脈々とつながっています。自分のやり方を見つけたドイツや北欧を尊敬しますが、学ぶべきはまずその不屈の精神であり、彼らが苦心の末見つけた方法を安易に真似るだけでは、本当の ものづくりとは言えないのです。
長らくほとんど棄てられていた白樺から作った美しい積層合板。(よく、廃棄物が原料なのだからほとんど製品代もただ同然という感覚の人がいるが、むしろ一見、ごみにしか見えないものをこんなに美しい製品に生まれ変わらせる技とはさぞや...と思える感性を大切にしてほしい。よいものを見つけるためには、ものを見る目を磨きながら、生産者を尊敬することだと思います。)
木口を美しく見せるデザインがもっと増えると楽しいと思う。写真は2010年グッドデザイン賞に輝いた、ペーパーウッド。(瀧澤ベニア株式会社)、キッチン製作:クリナップ㈱直需事業部、デザイン:山本亜耕。
注:写真のキッチンはクリナップ㈱のカタログモデルではありませんのでご注意ください。カタログ掲載の規格品ではなく、菊水の家のために専用にデザインしたものです。従いまして、デザイン上の版権は山本亜耕建築設計事務所に属します。クリナップ=カタログモデルとの思い込みから、直接ショールームに問い合わせる方が多いとのこと。それ自体はたいへん嬉しいことですが、常備品としての生産はしておりませんので予めご了承ください。製作等のお問い合わせは山本設計までお願いいたします。
さまざまな部分が、エコシラ合板で事前にパーツとして試作された。
さてお話もそろそろ最後に近づいてきました。二月、一ヶ月間の電気量はそれぞれの家でどのようになっているのでしょうか?北海道で使うエネルギーの大きな割合を占める暖房用熱源。3軒とも基本はオール電化ですが、その内容はかなり異なっています。西岡の家と南あいの里の家は深夜電力の一種であるホットタイムを用いた暖房用電気の料金メニューに時間帯別割引が特徴のドリーム8という料金メニューの二本立てで暖房とその他の動力をまかなうのが特徴。それに対してすべてヒートポンプを用いている菊水の家では専用料金メニューとして北電が開発したET-3(イータイムスリー)というメニューで料金が算出されます。まあ結果は一目両全。上右のグラフを見ても明らかなように同じ方式の西岡と南あいの里では一ヶ月間の電気使用量が西岡:2553kw、に対して南あいの里1615kwと約4割も少ないのです。もちろんこの他に南あいの里はペレットを焚くのですが、それを勘案しても、西岡の家は約32,000円/月(暖房+その他)となり南あいの里は、電:約21,000円+ペレット:約4,000円程度で25,000円/月(暖房+その他)となりました。さらに菊水は、ヒートポンプの運転を工夫した結果、一ヶ月で消費した電力量が1114kw。料金は13,000円/月(暖房+その他)となっています。みなさんにご理解いただきたいことは、断熱という一見地味でリーズナブルな工夫を見直すことで、たとえ従来型の燃費のあまり良くないと言われるシステムでもずいぶん電気の使用量を抑えられるということです。
日本人はすぐに最新型の○○...が大好きですが、総合成果物である建築においては、いくら部分だけが飛びぬけていても成果は出にくいということをぜひ踏まえていただくと、家選びを失敗しません。ちょうど車のように、エンジンばかりパワフルにしても、まっすぐ走らなかったり、止まれなかったリでかえって短所が目だってしまうのが家作りの難しさなのです。全体を見通す広い視野と目先に惑わされない設計思想を持つことが家をつくる上ではたいへん重要なのです。よく家は3軒つくらないと...などといわれるのはきっとそうしたことなのでしょう。
最後には、建設コストのお話で、私たちチーム南あいの里と、菊水の研究発表を終わります。きっとここまで読んでいただいた方は、よいのは分かるけれど値段もよすぎるんじゃ?と思われると思います。そこで南あいの里の家の予算書をもとに各工事に対する工事費を比率で表したグラフを示します。みなさんに分かりやすいように、この家を従来型【次世代省エネ仕様(Q値:1.6W/㎡k)】でつくった場合と比較できるように考えてあります。
たとえば、総工費2,000万円程度の家は従来型ならば、木工事が22%。440万円、一方300mm断熱仕様になると23%。460万円。+20万円UP、断熱工事費は従来型は1.5%。30万円に対し約5.5%。110万円。+80万円UP、サッシは従来型6.5%。130万円に対して8.5%。170万円。+40万円UP、逆に暖房工事費は従来型4.5%。90万円に対して2.7%。54万円となり-36万円DN。しめて20+80+40-36=104万円UP。(但し、換気はパッシブ換気、特殊な基礎構造等、ペレットストーブ等は含まないものとする。)
*:余談になりますが、従来型とはいえ、北海道の高断熱住宅の断熱工事費が総工費の1.5%程度という事実に驚く人も多いと思う。こうした各工事の予算配分は、別の見方をすれば価格の設計図に他なりません。時流や建て主の要望、もしもの時の安全性を取り入れたバランスのよいコストデザインが行われている必要があります。立案者をはじめ予算編成にたずさわる人間の見識が低ければ、国の予算と同様支持はなかなか得られません。予算書の中身が近代的か?やむを得ず膨らんだ部分はしっかり説明ができているか?、燃費のように回収すると考える項目のもの、安全性や歴史に耐えるデザインのように回収するという考え方自体がそぐわないもの、そうした事柄を分けて説明しているか?この分野のデザインが進むと建築自体がさらに親しみやすく面白いものになると思うのです。
最終的にチーム南あいの里の推計によれば、300mm断熱化する場合は、総工費2000万円程度の家ならば「追加断熱補強関係」に掛かる費用は総体の約5%程度となりました。よく断熱材に投資しても、回収のあてが付かないという議論を耳にしますが、平均的な西岡の家と比べても南あいの里の家で年間5万円程度、菊水の家ならば10万円程度安くなりますので、10年~20年で十分回収が可能です。(もちろん10~20年間、灯油価格が変わらないなどありえない話ですので実際にはもう少し早くなると思いますが。)
(*:このグラフの結果はチーム南あいの里、固有のものであり工務店や設計者が変われば、当然工事費の割合等が変化します。この割合を単純に当てはめようとしても、工務店や設計者の能力や最終価格を決定する商流等の違い、何よりも建築主の趣向により整合しませんので予めご注意ください。価格とは絶対的なものではなく、個人の趣向や敷地状況が大きく異なる住宅においては一目安とお考え下さい。むしろ誤解を恐れて今までコストに関する研究や臨床的な情報公開がなされてこなかったことがたいへん残念です。
コストを比較する際は、建物構造、杭工事の有無や高価なキッチン、ユニットバス等々の追加断熱補強以外の部分を除いて比較しないと、大きな誤解を招くことになりますので、建築の価格構成に不慣れな消費者の方々は特にご注意ください。)