自己紹介

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札幌市, 北海道, Japan
はじめまして。 北海道、札幌市で設計事務所をしています。 暮らしに最も近いものづくり「建築設計」 地域色豊かで環境的、使いやすくて長持。 そんな暮らしのデザインが大好きです。 社会の悩みを建築デザインのテーマにすると面白い! そんなことを考えながら今日もスケッチしています。建築(暮らし)のお話しあれやこれ... どうぞお楽しみ下さい。

2011年6月16日木曜日

東京オリンピックの年に

事務所の向い、1964年、東京オリンピックの年に完成したアパートの解体が始まった。ご存知、商店街の中にある私の事務所の近辺は、昭和レトロな雰囲気が漂う一角。昨年最後の入居者も離れずっと無人の建物だった。まあ建物に興味のない人にとっては古いだけのボロアパートにしか見えないが実はこのアパート47年前の竣工当時はたいへん画期的なものだったそうな。



この頃はまだ無落雪屋根は登場していない。屋根に雪は載せておくべきものではないと考えられ、仕方なく道路側に雪が落ちる三角屋根スタイルだった。

断熱はまったく入っていない。ストーブを持ち込むことが冬への備えだった。当然ながら集合煙突は欠かせない装備だった。しかし当時の灯油の安かったこと。資源のない国ながら燃料の安さは驚異的だった。

最も当時の間借り人たちを驚かせたのがこの斬新な間取りだった。それはなんと言っても、玄関の有無であった。
 そう、当時自らの専用玄関を通りに対して持つなどという贅沢極まりない間取りはたいへん珍しいものだった。通常は下宿よろしく、共用玄関、トイレも炊事場も共用が当たり前。そんな時代、隣戸と壁を共用するのみで、専用の玄関ドアに炊事場やトイレ、なんと浴室までが各戸に設えられた借家の画期的だったこと!当然、家賃は高額で一流企業の社員やその美しい若妻たちが主な入居者たちだった。当時を知る床屋の久美さんは言う「記念にドアノブをもらったの、今でも通ってくれるお客さんに見せてあげたくて。」
始めることとやめることは簡単、続けることはたいへん。
私もいつか久美さんのようになりたいと思う。

でも1964年はこんな感じだった。 http://www.youtube.com/watch?v=DSRyUvem8UM